神なき国に生まれて~読書伝聞帳(4)『青い空』~

f0084436_22101100.jpgこんばんは。大宮です。
映画『おくりびと』がアカデミー外国語部門賞を受賞しましたね。
吉本ばななや村上春樹も含めて、いま日本が誇れる文化資産の一つは「死」にまつわる作品なのではないでしょうか。

「神」への信仰が強い国であれば、これほど死に対する関心と思考が深まらない気がします。疑問の余地がないですからね。
では、なぜ日本は宗教心の薄い国になったのか。
海老沢泰久の長編小説『青い空』(文春文庫)は、この壮大なテーマに真正面から取り組んでいます。

江戸時代末期、キリシタンの末裔である主人公・宇源太は、出生地の小藩とその手先である仏寺から陰湿な差別を受け続けます。幕府と仏教勢力は、百姓と町民を強制的に檀家にさせて監視・徴税する寺請制度によって、持ちつ持たれつの関係を保ってきたのです。制度の名目はキリシタンを根絶やしにすること。法によって、キリシタンの子孫は五世代までは「類族」として差別的扱いを受けることになっていました。

その理不尽さに抗った宇源太は故郷を抜け出し、江戸で幕末の動乱に巻き込まれます。明治維新後、ようやく仏寺の横暴が是正され、キリスト教への弾圧がなくなるかと思いきや、仏教に替わって神道が国教化されただけで、坊主が神主に「転職」するという愚行がまかり通ります。そして、キリスト教徒は相変わらず弾圧される……。

心情的には神道に親しみを覚えるという著者ですが、天皇を政治利用した明治政府を批判して、宇源太の剣の師匠と勝海舟にこんな会話をさせています。

<「仏教を、宗教ではなく、葬式をするだけのものにしてしまったのは徳川の幕府だが、ここで天子のご迷惑も考えずに、神道まで政治に利用したら、日本はいよいよ神を信じない人間ばかりの国になってしまうよ」
「そういわれるとおれも耳が痛いが、そうなるだろうね。懲罰をもって押しつければ、表面上はしたがうだろうが、心は離れていくものだ」
「宗教というのは最高の道徳だ。それがない国になってしまう」>


人知を超えた「神」に恐れを抱き、その視線(=倫理)を意識しながら自分で判断して行動すること。その大切さを強調する著者はまた、勝海舟にこんなセリフを言わせています。

<「心の中に神を持つというのは大事なことだ。日本人というのは、有史以来、神というものを持ったことがないから、上の者の命令でばかり動いている。公儀もそうだ。だから、上の者が能なしばかりになったら、このありさまさ。(後略)」>

挙句の果てに、昭和に入って無謀な戦争に突入した日本。天皇を「現人神」にしてしまったが故に、その政治の誤りを誰も指摘できず、また誰も責任を取らずに済まされてしまう。現代政治にも続くこの無責任体質の根源は、本来の意味での「宗教心」のなさだと著者は喝破しています。

人口増加と経済成長によって「生」にスポットライトが当てられているうちは、深く考えなくてもよかったのでしょう。イケイケドンドンと酔っ払っているような状態ですからね。しかし、人口減少と経済衰退が明らかになり、国としてシラフになったいま、ひとり一人の責任で「死」と向き合わなくてはなりません。そのとき僕たちは、頼るべき神の不在に愕然とし、迷い苦しむ過程で、宗教を含む救いの文化を生み出していくのです。

<「どうして、寺はこうやって人間を苦しめることばかりするんだろう。あの二人だって、三光院にさえ行かなければ、こんなことにはならなかった」
「寺なんかに頼るからよ。頼るやつがバカなんだ」
「そうかな。おれは、そうは思わない」
宇源太はいった。
分ったのである。
「人間は弱いものだ。何かに頼らなくちゃ生きていけない。文五郎さんがそうだ。でも、文五郎さんには、頼るものがないんだ。問題は寺じゃない。そのことなんだ」>

by jikkenkun2006 | 2009-03-13 22:03 | 週末コラム | Trackback | Comments(2)
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Commented by ひろくま at 2009-03-15 23:55 x
私は絵を始めた10代から、宗教と芸術の関係は漠然とですが、いつも気になっています。神という抽象的な存在を具現化して、大衆の身近なものにしていったのもやはり、どこの国も優れた芸術家たちです。私も無宗教なんですが、旅先では、お寺や教会があれば、立ち寄るようにしています。ただ、私がそうした場所が好きなのは、美術的見地と、そうした建物の持つ、静寂や気配を感じたいだけなんですが。。(笑)。去年の夏は津和野のカトリック教会に行きました。悲しい歴史背景があったと思えないほど美しい建物でした。




Commented by jikkenkun2006 at 2009-03-17 01:27
>ひろくまさん
コメントありがとうございます。宗教と芸術の関係、とても興味深いテーマですね。津和野のカトリック教会、行ってみたいな…。悲しい歴史があるからこそ、美しさが際立つのかもしれませんね。


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