暗いけれど明るくなる件について

こんばんは。大宮です
本ブログなどで記事を読んでくれている方に何かの機会で直接顔を合わせておしゃべりすると、「大宮さんって意外と明るいですね。もっと暗い人かと思っていました」と言われることが少なくありません。
比較的よく笑うほうなので、ウジウジした話題でも和やかな印象を与えるのかもしれません。

これって恋愛テクニックでいうところの「ギャップ理論」に当てはまりますか?
すごく悪そうな風貌の人がおばあさんの手を引いて横断歩道を渡るのを目撃し、安心と同時に胸がキュンと来る、みたいな。モテの前兆? ムフッ。ムフフフ!
こんなことを書いているから「暗い」と言われるんですよね。
せめて「内省的」と言い換えてほしいけれど……。

弁解をするわけではありませんが、僕はわざと内省的になっているわけではありません。主要な関心事が自分および自分の関わる人間関係なので(自己中心的な人間なのです)、自由テーマで自然な文章を書こうとすると、どうしても自分が文中に顔を出してしまうのです。
そもそも内省の必要がないほどサッパリした人間だったら、無償の文章なんて書く必要はありませんよね。「今日も気持ちのいい一日だった。以上」で終わりですから。

三食を公開している本ブログは「大宮の食生活と内省だけがコンテンツ」です。
以前、ある女性から「そのブログ、読む価値あるんですか? 素敵なレシピが載っているわけでもないのに」と指摘され、何も言えませんでした。
でもね、納豆ご飯や目玉焼きトーストが続いていた時期にある男友達は言ってくれましたよ。「君の一貫して華のない食卓を見るとホッとする」と。
どこかで居合わせた他人と「食べ物は何が好きですか」「僕は納豆と目玉焼きが大好きなんです」みたいな無益だけど無害な会話をして、ほんの少し気持ちが和むことってありますよね。それに似た効用はあるんじゃないですかね。

このように過去の体験を掘り起こしてウジウジと考え直したり、現在進行中の課題に直面しきれなくて文章につづって公開してかすかに客観視したり、起こり得ない将来を夢想して自分で突っ込んでみたり。
そういうのって単に楽しくないですか? 
日記に書けば気が済む人もいると思いますが、僕は誰かに語りかけるつもりで書かないと自分自身にも響く文章にならないのです。独り言よりも、気の合う友人と心地の良い場所でゆっくり食事をしながら会話のほうが、納得感のある言葉が生まれるのと似ています。

本ブログや連載記事や書籍の場合は、わざわざ僕の文章を選んで読んでくれて、しかも僕と面識のない読者(あなたのことです)が多いですよね。素直に嬉しいので、顔を合わせなくても真意が伝わるように言葉や構成を吟味(というほどの大げさなものではありませんが、他に表現が見つかりません。推敲?)します。この作業は不思議と苦になりません。

むしろ次第に気分が高揚してきて、会ったことのない読者との一体感を覚えて(気持ち悪いですか?)、勝手に明るくなってくるのです。
たとえ「いじめられていた僕」みたいなみじめで暗いテーマでも、あなたにおしゃべりするつもりで少しずつ書いていくと、途中から救いのようなものを感じることがあります。解決策ではなくて救いです。なんだろう、この感覚?
 
先日のスナック大宮でこの話をしたら、ピアノの先生をしているお客さんが予想外のことを言い始めました。
「それはバッハのピカルディ終止ですね。暗い単調のメロディが続いていたのに最後の音だけ長調になって明るい雰囲気で終わる。バロック音楽は神に捧げる意図があるので、このような手法が多く使われました」
専門家というのは視点が面白いですね。バッハや神なんて普通は思いつきもしませんよ。バッハってあの白いカツラの外人さんですよね?

たまにはクラシックを聴いてみようかな。意外と文章書きの参考になるかもしれません。
あ、今回もわけわからないけれど前向きな感じで書き終えられました。
by jikkenkun2006 | 2013-05-18 00:26 | 週末コラム | Trackback | Comments(5)
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Commented by mit.idea at 2013-05-18 12:40 x
>あ、今回もわけわからないけれど前向きな感じで書き終えられました。
まさにピカルディ終止。アーメン
Commented by AK at 2013-05-18 20:23 x
自分の内面を吐露することが「救い」となる、というのはかなりありますよね。冬洋さんのように文筆を生業にしていなくても、自分の書いたものを誰か目にしてくれ、なにがしかの反応をしてくれたらやはりうれしいし、悲しい時には励ましや癒しにもなったりするものです。書きだすことによって気持ちが楽になったり、自分自身の整理が進んだり。同じテーマでも、読んでくれた人のバックグラウンドによって、思いもしない啓示的なコメントをもらったり。自分ももっと文才があったらな、と思います。。。
Commented by jikkenkun2006 at 2013-05-18 21:56
>mit.ideaさん
コメントありがとうございます。アーメン!

>AKさん
そのとおりですね。「思いもしない啓示的なコメント」っていい表現ですね。
Commented by milkis3 at 2013-05-21 10:01 x
いつも楽しく拝見してます。
このブログにコメント機能があったことに今気づき、早速コメントしてみます。

>このように過去の体験を掘り起こしてウジウジと考え直したり、現在進行中の課題に直面しきれなくて文章につづって公開してかすかに客観視したり、起こり得ない将来を夢想して自分で突っ込んでみたり。
そういうのって単に楽しくないですか?

激しく同意です。楽しいです。

私も大宮さんの日々の食事内容に密かに癒されている一人です。

人の食生活って、楽しくないですか?
Commented by jikkenkun2006 at 2013-05-21 20:25
>milkis3さん
コメントありがとうございます。なんだか嬉しいです。食べ物話、楽しいですよね…!


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