好きな人には敬意と感謝をわかりやすく示す。嫌いな人には何もしない

こんにちは。大宮です。
田辺聖子氏の文章が好きで、小説だけでなくエッセイも熱心に読んでいます。女性側の視点で恋愛について書いていることが多いのですが、男性の僕も「わかるな~」と共感できるから不思議です。賢くてチャーミングな大人の女性と、気配りが行き届いたお店でおいしいものを食べながら語り合っているような感覚に近いのかもしれません。読みながら自分も何か言いたくなる、というのは良書の証ですよね。お金と本棚スペースに余裕ができたら、集英社から出ている田辺聖子全集を購入するのがささやかな夢です。

田辺氏は「好きな人やモノを愛して、自分も愛されるのが人生の目的。その他のもの(お金、制度、論理、組織、権威……)はこの目的を支える道具でしかないことに気づかない人が多すぎる」という趣旨の文章を書いています。このときも僕はページの端をちょっと折って「感動した~」と一人で反応しましたね。で、いまこのコラムを書きながら、「好きな人に愛されて、自分も愛されるのは確かに人生の目的だけど、そのためには人間関係でどのように振る舞えばいいのだろう」と考えたくなりました。

僕には悪癖というか悪い意味での子どもっぽさがあります。
「親しい人には甘え心で不愛想もしくは無礼な態度をとってしまい、嫌いな人にはほぼ他人であっても嫌悪感を伝えずにはいられない」
というものです。
結果として、心優しくて度量が大きい長男長女タイプの人だけが「こいつは幼稚なところがあるけれどしょうがないか」と懲りずに付き合ってくれる一方で、様々な場所で不要な「敵」を作ってきました。

人の性格は基本的には変わらないと思いますが、欠点が表面化しすぎないように意識して言動を矯正することはできますよね。
僕の場合は、「親しい人(親しくなりたい人)には敬意と感謝を示し続ける。嫌いな人(苦手な人)には何もしない」ことが必要な気がします。

具体的な行動は次のようなものでしょうか。
前者に対しては親近感を込めながらも丁寧な言葉遣いで接して、折に触れて「元気にしていますか。また会いましょう」と気を遣い、たまには何か贈り物をする。後者に対しては「さわらぬ神に祟りなし。お互いにできるだけ離れたところで生きて死にましょう」の精神で忌避感を込めて丁重に接し、自分からは連絡を取らないようにして、後から思い出して腹が立つことがあっても忘れるように努める――。

人は自分を大事にしてくれる人が好きになるのが普通なので、好きな人たちにはわかりやすく定期的に愛情を伝えていれば、「愛し愛される」関係を維持・発展できるでしょう。同じように人は敵意にも敏感なので、無用な敵を増やさないためには「とにかく何もしない。仕返しや攻撃をしたくなっても別の誰か(神様とか)に任せる」心がけを保たねばなりません。

社会に出るまでにこの程度の処世術は身に着けておきたかったのですが、今からでも「やらないよりマシ」ですよね。このように書き出すことで自分を少しは律することができればいいな……。
by jikkenkun2006 | 2015-04-11 10:23 | 週末コラム | Trackback | Comments(0)
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