編集長Y氏の異動

 こんばんは。大宮です。
 新卒入社のユニクロを逃げるように辞めた僕が、出版業界に入って5年が過ぎました。最初の3年ぐらいは食べていくのに必死だったし文章を書いて売るのがとにかく楽しかったので、発注があれば何でも引き受けていた気がします。その後、少しずつ欲が出てきて、「せっかくやるならクオリティの高い仕事がしたいな」と思い始めて、明らかに不得意な分野(ITとか車とかマネーとか)の仕事は遠慮するようになりました。今年からは人物ルポやインタビュー、ルポエッセイ、コラムなどに仕事を絞り、以前に比べれば質の高い原稿を安定的に書けるようになったと思います。

 でも、不安はあります。
 若いうちは「安い・うまい・速い(締切を守る)」の吉野家ライターでも需要はあると思いますが、今後は得意分野を持つことが求められるからです。得意分野とは例えば医療です。最先端の医療を常に把握して一般の人にもわかりやすく書けるのであれば、おそらく一生安泰でしょう。興味がある分野を広く深く極めていく、専門ライターの世界です。
 僕は映画や食べ物が好きですが、映画ライターやフードライターには全然かないません。勝負する気も起きません。では、僕は何を得意分野にして自分を売っていけばいいのか。好きでもない分野を無理矢理選んでも、好きでやっている人たちにはかないっこないし……。

 正直言って今でも悩んでいますが、ヒントと自信をくれたのがNHKテキスト『食彩浪漫』の編集長Y氏です。
 彼は愛想が良くありません。編集部に遊びに行ってもジロッと見てフンとした表情をされることが多いし、みんなで食事して別れるときもほとんど無表情であっという間に去ってしまいます。しばらく付き合うと単に恥ずかしがり&面倒くさがりなんだとわかりますが、毎週のように初対面の人と会う職業なのによくやっていけるもんだと感心してしまいます。若くして編集長に抜擢されたのは、「愛想」以外の部分がよほど優秀なんでしょうね。
 僕たちのような外部スタッフ(ライターやカメラマンなど)には、Y氏を尊敬している人が多いようです。彼は愛想がないだけに率直です。判断基準がハッキリしていて、ダメなものはダメと言い、ヨイものはヨイと言ってくれる。Y氏が誉めてくれるということは、少なくとも彼の基準では明らかに優れているんだと確信できるので、すごくやりがいがあります。
 
 僕がY氏に出会ったのは2年前の冬でした。当時『食彩浪漫』の副編集長だった彼は、前年に僕が『きょうの料理』で連載していたインタビュー記事を読んでいたらしく、初めて会食した後に妙な誉め言葉をくれました。

「大宮君は内省的でありながら外交的、なのがヨイ」

 1ヵ月後、Y氏がずっと温めていたという連載企画「実験くんが行く」のライターとして指名してくれました。食べ物や料理にまつわる素朴な疑問を実験によって解決するという内容ですが、「好きに書いていいよ」と言われたので、このブログのような内向的な文章を商業誌向けに初めて書きました。しかも、「料理で女性にモテたい」とか「不味い」とか、NHKテキストの限界に触れるような表現を使いまくりです。
 そんな原稿をY氏は平然と受け止め、ときどき「今回はオチが面白かった」とか「実験くんキャラができてきたね」といった短い感想をくれるのみ。許されているんだと勝手に判断した僕は、ますますテンションを上げて毎月の連載に臨み続けました。

 そして、昨年末には次のようなコメントのある「年末のご挨拶」メールが送られてきました。

「大宮くん、やっぱり文章上手いねえ・・・。
ライターではなくコラムニストが書いたよう。
いわゆる本になる文章だと思います」
「大宮くんの関心の中心は、間違いなく自分自身だね」

 僕はこのメールを読みながら、これから目指すべき方向が少しだけ見えたような気がしました。無理に「得意分野」は作らなくていいから、自分の素直な興味や感想を大切にして、わかりやすくて面白い文章を書いていこう。Y氏の基準で「ヨイ原稿」を書く努力を忘れなければ今後も大丈夫だろう、と。

 実は、今月からY氏は『食彩浪漫』を離れるそうです。「栄転」なので喜ぶべきかもしれませんが、僕は一緒に仕事ができなくなることが残念でなりません。でも、「実験くんが行く」をはじめとする僕の仕事ぶりをY氏は今後も見ていてくれるはずなので、緊張感を失わずにがんばろうと思います。
 Yさん、2年間ありがとうございました。次は大所帯編集部なので、もうちょっと愛想良くしないとダメですよ!
by jikkenkun2006 | 2006-07-01 01:02 | 週末コラム | Trackback | Comments(5)
トラックバックURL : http://syokulife.exblog.jp/tb/2672086
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2006-07-01 02:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kaneko at 2006-07-01 02:14 x
いい話だな~。Yさんの言葉はライター冥利に尽きるね。
“内省的でありながら外交的”というのは、なるほど言い得ていると思います。
同業者として将来への不安は痛いほどわかりますが
これからもjikkenkunらしい、率直でおもしろい原稿を読ませてください。
一ファンとして応援してます!
(遅ればせながらわたしもブログをつくったので、よかったら見てね)
Commented by jikkenkun2006 at 2006-07-01 23:16
>Cajoさん
おお、あなただったんですね! うれしいコメントをありがとう。近いうちに西荻で会いましょう。

>kanekoさん
ありがとうございます。励みになります。ブログ、すでに拝見してますよ!
Commented by Y at 2006-07-03 11:33 x
よく、口を「へ」の字にして歩いているオジサンがいるじゃあないですか?あれ、別に不機嫌なわけではないんですよ。
不本意だけど、自分はアレですね、きっと。
人から「なまずっぽい表情」といわれたこともあります。
こんなに褒めてもらうと、いよいよ口が「へ」の字になりそうです。
(でもありがとう)
実験くん、表の仕事での関わりはひとまず休止となりますが、
裏のお仕事のほう、今後も一緒にがんばろうね!

Commented by jikkenkun2006 at 2006-07-03 23:19
>Yさん
なまずっぽい表情ですか……。なかなか言われない比喩ですね。「裏の仕事」、毎週書いてますよ。来年の出版を目指して頑張りましょう!


<< カレーぶどうトーストを食べました 再生カレーを食べました >>