コロが死んじゃった

 こんばんは。大宮です。
 街中で散歩させてもらっているイヌに出くわすと、右手の人差し指と中指を素早く交差させて、無言のラブコールを送ってしまいます。そんな微妙な動作でイヌの気がひけるのかって? 愛を込めて指をピコピコさせると8割ぐらいの確率で通じるものですよ。イヌが僕のほうを向き、目と目が合うと、僕も一瞬だけイヌになります。

「散歩中かい?」
「ウン」
「嬉しいよねえ」
「ウン!」
「元気でな」
「アリガト」

 こんな会話をしているつもりです。イヌって愚直な生き方をしている感じで好きなんです。ネコも嫌いではありませんが、勝手気ままなところがときどき小憎らしくなります。それにしては、ネコっぽい女性に惚れやすい僕ですが……。

 話を戻します。僕の実家でも以前、イヌを一匹飼っていました。小学校4年生のときに実家が隣町に引っ越すことになったので、「イヌを飼ってくれなくちゃ俺は引っ越さない!」とがんばって、親を口説き落としました。ちょうどよく近所でイヌの赤ちゃんが何匹も生まれたというので、自転車をこいで採用面接に赴きました。
 近所の図書館で事前に読んだ『いぬのずかん』によると、健康で利発な成犬に育つ子犬を採用するには、

●近くに座ると積極的に寄ってきて遊びたがる
●目ヤニやヨダレが多すぎず、適度に鼻が湿っている

 などのポイントがあるそうです。なるほどね!
 しかし、実際に子犬たちの前に行くと、大きなマリモのようなやつらが転がるように近づいてきて、靴紐をかんでひっぱったり、僕の膝小僧をペロペロ舐めたりするのです。うーん、どいつも甲乙つけがたいエリートたちだ! 仕方ないので、一番近くにいたクロっぽいやつをつかんで、神妙な面持ちで目と口と鼻をチェックして、

「こいつが一番いい!」

 と誇らしそうに大人たちに面接結果を伝えました。
 僕の母とその家の主人たちは「そうかい、そうかい」と適当に誉めてくれましたが、一人だけキツイ目で僕をにらんでいる中学生ぐらいのお姉さんがいたのを覚えています。きっとその家の娘さんだったのでしょう。
 当時はなぜにらまれるのか理解できませんでした。今なら娘さんの気持ちがわかります。可愛い子犬たちを手放さなければならないだけでも悔しいのに、見ず知らずのアホ小学生が偉そうに「選別」しているのが腹立たしかったのだと思います。僕は娘さんの視線を避けるように子犬を抱きかかえて早足で自転車のほうに向かいました。後ろのほうで母が慌ててお礼を言っている声が聞こえていました。

 そんな風にして選んだ子犬を、ボロ布で包んで自転車の前カゴに入れて、引っ越し先の家に連れて帰りました。コロコロしているので「コロ」と名付けました。あまりにも安易なネーミングですよね。

 その後コロは、嬉しくても悲しくても吼えまくる立派なお犬様に成長しました。自分の名前すら覚えません。叱るときも誉めるときも「コロ!」と叫んでいた大宮家の教育メソッドも悪かったのですが、駄犬の誉れ高いスピッツの血が混じっていた雑種だったのも影響しているのかもしれません。
 コロが15年の生涯で唯一覚えた芸は「ワン」。しかし、常に吼えているのでいつ芸をしたのか見分けがつきませんでした。散歩が大好きで、一日でもサボって行かないとワンワンと鳴き続け、仕方ないので散歩の用意を始めると喜びのあまりおしっこを漏らす。やっと外に連れ出すと、他のイヌのフンを舐めたり、カエルの死骸を食べたりします。本当に野犬以下でした。

 昔はちょっとした庭がある家に住んでいたので、庭で放し飼いにしていたのです。すると、門の下に頭をねじ込んで、脱走。遠くには行かないので、勝手に散歩をしているつもりなのでしょうが、近所の犬に勝てないケンカをふっかけたりするので放ってはおけません。一応「飼い主」だった僕が探しに行くことになります。でも、なかなかつかまろうとしない。追いかけっこを楽しむかのように、ちょっと逃げて僕を待ち、近づいていくとまた逃げる。かけっこでイヌに勝てるわけがありませんよね。この犬畜生め!
 ぶち切れた僕は、電信柱近くのコンクリートをのん気にフンフンやっているコロに向かって、石を投げました。体に軽く当てるつもりだったのですが、前足の関節のところに命中。これは痛い。堪え性のないコロは、「キャンキャンキャン」と情けない声をあげて鳴き、僕のところに足を引きずって戻ってきました。
 俺が石を投げたのをはっきりと見ていたはずなのに、俺のところに逃げ帰ってくるのかい。痛かっただろう。ごめんな。
 とてつもないバカ犬でしたが、コロはかけがえのない弟分でした。

 コロが死んだのは、今日のように寒い冬の夜でした。当時勤めていた会社で残業をしていたら、珍しく父から電話がかかってきたのです。

「冬洋(←僕の名前です)、コロが死んじゃったよ!」

 と怒りながら泣いているような父の声。僕は「うん。早めに帰る」と短く答えて電話を切りました。
 大学に入ったあたりから僕は外で遊び歩くようになり、コロの散歩や世話はほとんど両親に押し付けていました。コロも両親になつき、僕のことは「たまに散歩に連れて行ってくれる兄弟分」ぐらいにしか思っていなかったはずです。死ぬ前の半年ほどは急速に老衰が進んでいたので、「この冬は越せないかも」と覚悟もしていました。

 それなのに、コロが死んだと聞いたとき、愕然としてしまいました。息をするのも辛いほど、ガックリしてしまったんです。頭では「中型犬は15年ぐらいが寿命」だとわかっていました。しかし、僕の後から生まれた弟のような存在が先に死んでしまうことを、体が理解できなかったのだと思います。
 うつむき加減に家に帰ると、玄関の脇でコロが待っていました。いや、すでにコロではなく、コロの生が宿っていたイヌの死骸でした。苦しまずに眠るように死んだそうですが、やはり無残です。母が小さな紫色の花を一輪、死骸の上にのせてくれていたのが救いでした。

 翌々日は会社が休みだったので、ペットの葬儀屋さんを呼び、灰にしてもらうことにしました。葬儀屋のおじさんがコロを入れたダンボールをワゴンに運び入れ、「イヌにしては天寿を全うしたんですけどねえ。人間の感覚では悲しいですよね」としみじみと言ってくれたとき、僕は立ったまま泣いてしまいました。

 灰になったコロは、彼が大好きだった林の散歩道の傍らに埋めさせてもらいました。大げさな墓にして掘り返されたらかわいそうなので、小さな石をいくつか寄せ集めただけの墓にしました。
 何の取り柄もなかったけれど、確かに大宮家の一員だったコロ。そのささやかな「犬生」にふさわしい墓だと思っています。

 今でも散歩中のイヌたちに目が向いてしまうのは、心の中で「コロ、コロ」と呼びかけているからかもしれません。
by jikkenkun2006 | 2007-02-26 00:04 | 週末コラム | Trackback | Comments(4)
トラックバックURL : http://syokulife.exblog.jp/tb/4693976
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by kaneko at 2007-02-26 02:10 x
“連絡”のあった日の実験くんは本当に肩を落としていたよね。隣で仕事をしていた私にもはっきりとわかりました。
今、うちの犬がのどを痛めているけど、彼がケホケホと咳をするたび、見ているこっちも息苦しくなって一緒に咳き込みそうになります。アホみたいですが、犬って大事な家族だよね。
Commented by jikkenkun2006 at 2007-02-26 23:03
>kanekoさん
イヌ、心配ですね。一緒に咳き込みそうになるって、まさに家族ですね。かわいがってあげてください。
Commented by まっこ at 2007-03-01 23:33 x
(TФT) 想像するだけで切なくなりました・・・猫が大好きだけど、犬もかわいいかもしれないね。うちの初めてのペットはまだ3歳ですが、いなくなる日を想像するだけで涙がにじみます。
Commented by jikkenkun2006 at 2007-03-02 01:45
>まっこさん
3歳ならまだまだ仲良くできますね。かわいがってあげてください!


<< チヂミを食べました おじやを作りました >>