美しい!

 こんばんは。大宮です。
 先日、女友達と話しながら歩いていたら、唐突にこんな質問をされました。

「大宮さんにとって、『美』って何ですか?」

 ええっと、婉曲的に僕のルックスを批判しているのかな? もしかして鼻毛でも出てる? とあわててしまいました。しかし、どうやら真剣に話しているようです。

 彼女は腹を立てていました。テレビ番組で、「家具作りチャンピオン決定戦」みたいな企画をやっていたのだそうです。「女性向けの椅子」というお題を与えられた優勝候補の職人は、背もたれがハート型をしたピンク色の椅子を作りました。

「センスが悪いでは済まされません。私は怒りが湧いてきました。ハート型とピンク色を使えば女は喜ぶだろうという安易な発想が許せない。全然、美しくないっ!」

 何も怒る必要はないと思いますが、面白い視点ですよね。こういう過激な友人と話すのは大好きです。
 とにかく回答を迫られたので、僕は「美」と聞いてポッと浮かんだ言葉を口にしてみました。

「美ってどこか怖さや緊張を感じさせるものだと思う」

 抽象的な答えですね……。椅子作りに例えて上手に答えるようなウィットは僕にはありません。
 いま、改めて考えてみて、中学生時代のクラスメイトだった清見くんを思い出しました。

      **********

 中学生って実に愚かしいイジメをやりますよね。中学校という教育システムそのものに問題があるのではないかと思うぐらい残酷になります。
 そのイジメ行為の一つが、「○○菌が伝染する~」という陰湿な遊び。太っていたり大人しかったりする一部の生徒を勝手に「あいつは汚い」と指定して、その子の体や持ち物に触れると、伝染病に感染するという妄想を膨らませて遊びます。明らかな人権侵害行為ですが、やっているほうはあまり罪の意識がないんですよね。

 あれは掃除の時間でした。清見くんはクラスでも下から数えたほうが早いおバカな生徒だったので、掃除中も友だちと「スーパーサイヤ人」ごっこなどをやっていました。中3にもなってそんな遊びかよ。と軽蔑していた僕の隣で、山中くん(仮名)が騒ぎ始めました。どうやらクラスでいじめられていた○○さんの机に触ったようです。

「ウギャー、これ、○○の机じゃんかよ。思わず触っちゃったよ。お前に伝染してやる。えいっ。はい、エンガチョ!」

 と僕の肩にべったりと両手をなすり付けました。ウギャー、伝染した! と半ば面白がって周囲を見渡すと、みんな僕から一目散に逃げて行きます。
 冗談じゃない。絶対に誰かを捕まえて○○菌を押し付けてやる。

 狼のような目で教室中を見渡すと、スーパーサイヤ人ごっこに飽きた清見くんが一人でブラブラしています。よし、こいつだ。

「オラー! お前に○○菌を伝染してやる。はい、エンガチョ」

 得意げに清見くんにタッチして、逃げ始める僕。清見のヤツ、慌てるだろうな。

 しかし、清見くんは平然とした顔をして立ったままです。なぜだ。立ち止まって清見くんをいぶかしげに眺める僕。
 清見くんは心底あきれたような表情で僕のほうを見返して、こう言い捨てました。

「くだらねえ。中3にもなってそんなことやってんのかよ」

 僕はしらけてしまいました。と同時に、得体の知れない恐怖のようなものを感じ、モゴモゴ言いながら清見くんの腰のあたりを蹴って逃げました。真実を突きつけられた愚か者の逃走です。

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 あれから15年経つ今でも、清見くんの表情と言葉を鮮明に覚えています。あのクラスの中で、あんな発言をしたら「清見も○○と同じだ!」と決め付けられて、一緒にいじめられていた可能性は大いにありました。
 おバカな彼がそのリスクをきちんと考慮していたとは思えません。でも、クラスの一員だったのだから、ぼんやりとは危険を感じていたはずです。にも関わらず、彼は多勢に迎合せずに自分の気持ちをはっきりと口にしました。

 今ではようやくわかります。あのときの清見くんは美しかったのです。大切にしているものを守るために、別の何かを捨てる決意をした瞬間。捨てるという行為は、別れや死をも連想させるため、恐れと緊張を呼び起こすのでしょうか。僕は彼に畏怖を覚えました。

 清見くんは大切なものと捨てるものを天秤にかけて冷静に判断したわけではありません。自分の心が「捨てろ」と命じているから平然とそれに従った、という感じでした。

 損得の計算をせずに「正しい」道を一人で歩むことができる。そんないさぎよさを、僕は美しいと思います。
by jikkenkun2006 | 2007-03-18 00:12 | 週末コラム


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