味わい深い人生

 こんばんは。大宮です。
 池波正太郎氏の時代小説にはまっている僕は、「苦労人」という言葉が気に入っています。人生の酸いも甘いも知り尽くしているのに、何も知らない子どものように笑える。ちょっとした言動の奥底から、しみじみと味わい深いものが伝わってくる。言葉を交わさなくても、そばにいるだけで安心感を覚える。こんな人、たまに出会いますよね。すごくカッコイイです。50歳ぐらいまで生きていたら、僕も味のある苦労人になっていたいな。

 でも、よく考えてみると、程度の差こそあれ誰だって苦労しています。毎朝6時に起きて満員電車で通勤している人、雨の中でも作業しなくてはいけない人、暴力的な家族と一緒に何年も我慢して暮らしている人、などなど。ほとんどの人が言い尽くせぬ苦労に耐えながら生活しているんですよね。

 世の中は苦労人だらけです。それにしては「味わい深い!」と感動させてくれるような人は多くありません。どうしてなんでしょうか。
 ずっと疑問に思っていましたが、最近読んでいる本に一つの答えを見つけました。

≪人生は、人間が生きるということは、苦しむってことだけが本質ではないでしょうか。もちろんこれは貧乏だとか、失敗だとか、病気だとか、そんなことじゃない。つまり苦労ではなく、苦悩です。もっと本質的に苦悩をへなければ生き甲斐は現出しない。これは人間にとって、いかにも不当のようだけれど、それが本当なんです。≫(岡本太郎『神秘日本』みすず書房)

 保身のために積み重ねた数年の苦労よりも、自分自身と向き合わざるを得なかった数日の苦悩のほうに生きる本質がある。残酷な意見です。でも、直感的に納得してしまいました。
「なぜこの仕事をするのか」「彼女を本気で愛しているのか」などという疑問を持たずに過ごしているときは、どんなに肉体的に辛い経験をしても1年後にはほとんど忘れてしまいますよね。逆に、仕事の意味や自分の役割を根本から問い直した瞬間はなぜか鮮明に覚えています。

 この問いを突きつめることは、現在の生き方の否定につながり、象徴的な意味での「死」と対面します。しかし、そのときこそ、等身大の「生」を実感します。大好きになった人に別れを告げられたとき、周囲の空気が急に透明度と重みを増して迫ってきますよね。あの感じに似ています。声も出ないほど辛いのに、恐ろしいほど視界が鮮やかです。

 苦悩から抜け出すために、逃げたり戦ったり慰めたり。やっと抜け出したかと思うと、新たな悩みに直面します。そしてまた行動する。いずれ死ぬ日まで、きっとこの繰り返しなのでしょう。大変そうだけど退屈はしなさそうです。
「苦労人」ではなく「苦悩人」として生きることを受け入れたとき、人生の味わいは深まるのかもしれません。
by jikkenkun2006 | 2007-05-10 23:23 | 週末コラム | Trackback | Comments(3)
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Commented by いりみつ at 2007-05-11 11:07 x
 本当にその通りだと思います。池波正太郎さんは僕もよく読みます。
「散歩の時に何か食べたくなって」なんかも最高にいいです。食べることの幸せも判らせてくれます。
 「本を読むと顔がよくなる」という読書キャンペーンのキャッチフレーズがかつてありました。「本を読み、いろいろなことを知り、いろいろなことが判ると表情が豊かになる」というのがこのキャッチフレーズの本質なんだと私は思っています。この文章を読んで、書き手の方はきっと表情が豊かで感情表現の豊かな方なのだろうと拝察いたします
Commented by しまりん at 2007-05-11 17:03 x
苦労ではなく苦悩。うん、直感的にそれだよそれ!って感じが私もしました。
実は最近、私って苦労したことないんだろうか、いや、そんなことはないはずだ。でもあの人のような心痛極まりない経験ってない、ってことは苦労はしたことないってことなんだろうか・・などと考えておりました。
苦労って不幸の臭いがするってことなのか?!とか。(違うとは思うんだけど、何となく・・・)
スッとしました!
Commented by jikkenkun2006 at 2007-05-11 22:06
>いりみつさん
「本を読むと顔がよくなる」、いいキャッチですね! 誰が考えたんだろう。さて、今晩は何を読もうかな。

>しまりんさん
共感していただきうれしいです。僕が苦労していても苦悩していてもすぐに顔に出てしまうのですが、「苦悩こそが常態だ!」と開き直れば、もう少し朗らかに過ごせるような気がします。


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