「ひとり企画会議」をはじめよう

 こんばんは。大宮です。
 ちょうど一ヶ月前、このブログで「データと論理重視の実用記事は卒業して、面白さと感性重視の文章を書いていきたい!」と宣言しました。その後、いろんな人に会ってアドバイスや叱咤激励をもらいました。大きく分けると次の3つになります。

(1)ぜいたくを言わずに何でも書くべきだ。仕事が減ると腕も鈍るよ。貧すれば鈍するってね。
(2)主観重視の文章を書くのはいいけれど、客観的な事実や論理を無視していいわけじゃないぞ!
(3)キミの意気込みはわかった。で、どんな企画があるの?

 いずれもありがたい助言ですが、(1)に関しては賛同できません。確かに量をこなすことによって技術も情報も蓄積されていくとは思います。でも、すでに情熱を感じなくなってしまった記事を経験と金のためだけに書き続けていると、文章に対する緊張感が薄れていく気がします。それは仕事仲間にも自分自身にも失礼です。

 僕には「この仕事は全力で取り組むけどあの仕事は適当にやる」ような器用さはありません。好きになれない記事を嫌々書くようになると他の原稿でも手を抜いてしまうでしょう。本命の相手と遊び気分の相手への愛情を使い分けていると、恋愛そのものの意義を見失ってしまうのと似ています。僕は言葉への情熱を失いたくはありません。どうしても生活費が足りなくなったら、ユニクロに戻って商品整理のアルバイトでもさせてもらいます。

 (2)に関しては、こんな反論をしています。
 僕が情熱を持って打ち込めるのは、このブログに書いているような主観的な文章です。客観的事実と社会正義を追求するのがジャーナリズムだとしたら、僕はジャーナリストにはなりたくありません。別の人たちにがんばってほしい。
「正しいか正しくないか」という議論には論理とデータが不可欠ですが、「美しいか美しくないか」「笑えるか笑えないか」「泣けるか泣けないか」という世界ではあまり必要がないと思っていました。知識や説得力ではなく、感性と共感力を高めるべきだと。
 
 しかし、最近は自分の反論にこんな反論しています。
 社会の現状をきちんと把握しなければ、主観のぶつけようがありません。例えば、近年の少年犯罪件数は減っているのに「俺の少年時代は子どもの犯罪なんて少なかった……」なんていう前提で書いたら見当違いになってしまいます。
 主観を強く押し出すためには、世界の歴史から個人の暮らしに至るまであらゆる客観的事実や先人の知恵をどん欲に吸収することが必要なんですね。試しに読書量を増やしてみて、いかに自分が何も知らないかを痛感しました。これはマズイ。反省してがんばります。
 
 (3)については言葉もありません。企画? 何も考えてませんでした。すみません……。「企画マンみたいな人に僕にぴったりな仕事を作ってほしいなー」と甘いことを考えていたのですが、先輩ライターから「大宮くんという人間がどんな特徴や興味を持っているのかがわかりにくかったら企画の立てようがないでしょ。まずは自分を知ってもらう努力をしなくちゃ」と諭されました。おっしゃるとおりですね! 

 と感心している場合ではありません。明日から午前中は「ひとり企画会議」の時間にしたいと思います。いい企画を期待してるよ、大宮くん!
by jikkenkun2006 | 2007-05-20 23:58 | 週末コラム | Trackback | Comments(2)
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Commented by at 2007-05-21 12:52 x
早起きして、よい企画が出ましたか?
Commented by jikkenkun2006 at 2007-05-21 21:18
>幸さん
コメントありがとうございます。この日は夜まで興奮して眠れず、翌日起きたら午後1時でした……。まずは規則正しい生活作りが必要ですね。


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