退屈な僕のために

こんばんは。大宮です。
仕事が詰まっているときは「一日でいいからのんびりしたい」と辛くなり、仕事が暇なときは「退屈だ。なんか面白いことないかなあ」と辛くなります。
どちらのほうが辛いかというと、僕の経験上は後者のほうです。

退屈。毎日が同じように続き、時間があり余ってしまいます。
眠くもないし本も読みたくない夜の時間。さっき風呂に入っちゃったので出かけるのも億劫です。何をしようかな。早く眠くなって意識を失いたい。でも、明日になっても別にやることないし……。

肉体的には楽なんだけど、精神的にはかなり不健全な状態ですよね。
定年退職後に身の置き場がなく、元気がなくなってしまうおじさんたちの苦しみと絶望は意外に深いものがあると思います。

で、何か面白いことを見つけようと街中に出かけます。しかし、焦りと空しさを抱えたまま人に会ったり、展覧会を観に行ったりしても、お金が減るだけで徒労感が募る結果に終わることもあります。ああ、退屈だ。明日も同じような日に違いない……。

こんなモヤモヤが大きくなっていたある日の昼下がり、とりあえず美味しいものを食べて気分転換しようと、近所のタイ料理屋に行きました。いつでも力の入った料理を食べさせてくれる店です。何度も食べているタイカレーを注文した後、珍しくお店がすいていたので店長のお姉さんとおしゃべりしました。

「最近、夜は大繁盛だよね。料理が作れるのが二人だけだと大変じゃない?」
「ありがとう。アルバイトの子でもやる気があれば料理を教えたいんだけど、ここの店ってレシピがないのよ。だから、舌と腕で覚えてもらわなくちゃいけないの」

レシピがないのは、企業秘密を漏らさないためではなさそうです。もう一人の料理人であるタイ人のおばさんが故郷で自然に身につけた家庭料理が中心なので、その日に市場で売っている食材の量や良し悪しで、同じ料理でも作り方がまったく変わってしまうから、とのこと。
もちろん基本的なレシピはあるのだと思いますが、レシピ優先で覚えると柔軟に対応できなくなってしまうため、素材と料理の味をきちんと把握する舌を作ることから始めなくてはならないのでしょう。

この話を聞いて、僕は衝撃を受けました。
店のレシピを盗みたかったからではありません。
毎週のように「うまい、うまい」と食べていた同じメニューが、実は一つとして同じものではないことを知ったからです。
ということは、さっき注文したタイカレーも、二度と同じものは食べられないってこと? もったいない! ゆっくり味わって食べなくちゃ。

彼女たちのタイ料理と同じように、僕という人間も毎日変わっているのかもしれません。年齢とともに体質が変化するし、いろんな料理を食べていれば舌も変わるでしょう。感動的な映画や本に出会ったり、仕事をやり遂げたり、大好きな人と話せたりすると、価値観が大きく変わってしまうこともあります。
変わっていく僕と変わっていく料理がたまたま交差できたこの瞬間。再現は不可能です。うわー、もったいない! もっとちょびちょび食べよう。

チェーン店やデジタル商品など「不変」を感じさせるものが増えている世の中ですが、日常生活をよく振り返ってみると、人もモノもサービスも変わっていくものがまだまだ多いことに気づきます。
変わるものこそ愛しい。お互いに変わるからこそ今日の出会いを大切にできるんだ。明日からはあまり退屈しない生活を過ごせる気がします。
by jikkenkun2006 | 2007-10-06 01:03 | 週末コラム | Trackback | Comments(0)
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