宗教と歴史の海で(極私的聖地巡礼その2~京都~)

こんばんは。大宮です。
昼ご飯が終わってお茶を飲んでいるときには早くも夕ご飯のことを考えているのは僕だけでしょうか。
人間の三大欲求で比較するならば、食欲:性欲:睡眠欲=6:3:1ぐらいです。
睡眠時間は長いんですけど、眠ることを「気持ちいい~」とはあまり思えないんですよね。
性欲はおそらく平均男性並み。食い意地だけが張っているんです。
ああ、こんなことを書いていたら、久しぶりに夜明け前の吉野家へ行きたくなってきました!

いきなり煩悩まみれの日常を書いてしまいましたが、「極私的聖地巡礼」の第2回は京都訪問です。
日本における最大の宗教都市といってもいいぐらい、大きな寺社がひしめく京都。
テーマを絞らないと見学する気力が失せてしまいます。
いま一番興味がある、「明治期の禁教令解除以前のキリスト教」に焦点を絞ることにしました。

ラッキーなことに、京都に住んでいる学生時代の友人(写真の男)が車を出してくれ、このマニアックな聖地巡礼に付き合ってくれました。

f0084436_25492.jpg●キリシタン墓碑
江戸時代の長い禁教時代に破壊しつくされたはずのキリシタン墓地。ごく少数の墓碑のみが発掘され、その一つが京都国立博物館に展示されているというのです。さっそく観に行きました。

「キリシタン墓碑ですか? 庭園にありますよ」

係員によると、墓碑は庭園で「常設展示」してあるそうです。ええっと、これって「野ざらし」ということですよね……。
しょぼい杭で囲ってあるだけだし、草も生え放題。
歴史的なものに溢れている京都とはいえ、もう少し大事にしてあげてほしいです。

「ていうか、お前もカメラぐらい持って来なよ。携帯のカメラで撮るのかよ!」

ここで友人が鋭いツッコミ。文化的に最も薄いといわれる東京・多摩地区で生まれ育ったくせに、わずか数年の関西暮らしでツッコミ能力が飛躍的に伸びたようです。

●南蛮寺の跡
かのフランシスコ・ザビエルが入京したのは戦国の混乱期。
ザビエルはわずか11日しか滞在しなかったそうですが、その後にやって来た宣教師たちの努力によって、織田信長などの保護の下で三階建ての教会(南蛮寺)が建設されました。
もちろん、その後に破却されるわけですが、礎石などが発掘されて同志社大学に保管されているらしい。

さっそく同志社大学に向かう男二人。
しかし、守衛さんをはじめ、神学部の職員たちも首をかしげるばかり。
アポなしで訪れた僕たちのために、大学史を綴った冊子まで引っ張り出してきてくれた博愛精神には心打たれましたが、結局「そんな遺跡はないと思いますよ」との答え。

あきらめきれずに学内をさまよっていたら、同志社女子大学の敷地内に入ってしまい、ものすごく厳格な顔をした女性警備員に呼び止められました。

「何のご用事ですか? 男性は入れませんよ」
「いえ、その、探し物を……」
「は!?」
「キ、キリシタン時代の遺跡があると聞いて……」
「ありません」
「……」

5秒ぐらいで追い出されてしまいました。
負けず嫌いの友人が後日調べてくれたところ、やはりありました。
同志社大学の付属図書館前です。
ちょっと場所が違ったとはいえ、貴重な遺跡を職員さえも知らないというのは悲しい話ですよね。次回はぜひとも見学したいです。

f0084436_2713100.jpg●慶長天主堂跡
徳川家康は関が原の合戦後、一時的に信教の自由を許しました。
そのときに建てられた荘厳な天主堂(教会)の跡が市内の住宅地にあるそうです。
行ってみると、ある中小企業の敷地内に「この付近にありました」という立て札があるだけ。
私有地なので金網の向こうにすら入れません。
かなり探し回ってようやく見つけたのに、脱力してしまいました。
建立後10年足らずで徳川幕府による苛烈な弾圧が始まり、この天主堂も跡形もなく壊されてしまったそうです。正確な場所さえわからないとはすさまじいですよね。

以上、京都におけるキリシタン遺跡をいくつか訪ねました。率直な印象は「痕跡すらとどめていない」です。
キリスト教系の大学ですら、明治以前のカトリック教会による布教活動にはあまり関心を持っていないようです(ちなみに、プロテスタント系の同志社大学の設立は明治21年)。
仏教勢力が圧倒的に強い京都においては、わずか50年足らずの布教しかできなかった宗教は歴史の海に飲み込まれてしまうのかもしれません。

翌日、浄土真宗の西本願寺を参拝しました(母方の実家は西本願寺派の末寺なので)。
「お寺」の概念が吹っ飛ぶデカさです。参拝客もいっぱい。
信長と10年に及ぶ戦争(石山合戦)までやらかした巨大教団。信長には敗れたものの、豊臣秀吉によって保護されて現在の広大な寺地(ほぼ全域が世界遺産指定)を寄進されたそうです。400年以上も前からこの場所にあるのかよ……。
もう少し信長の治世が続いていたら、いまごろは同じ場所に無数のカトリック教会が林立していたのでしょうか。

宗教の栄枯盛衰をせつなく感じた京都旅行でした。
by jikkenkun2006 | 2008-08-14 02:06 | 週末コラム | Trackback | Comments(2)
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Commented by watertoflower at 2008-08-26 17:39 x
ほんとだ。せつない。
何でチンギスハーンみたく、おおらかじゃないんだろ。
あのひと文化までは侵略しないもんね。
だから世界最大の領土誇ったんだろうね。

Commented by jikkenkun2006 at 2008-08-27 13:00
>watertoflowerさん
コメントありがとうございます。チンギスハーンとの比較は面白いですね! ローマ帝国やオスマン帝国との比較もしてみたいです。


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