静寂の海が「聖画」(極私的聖地巡礼その3~長崎~)

f0084436_3123529.jpgこんばんは。大宮です。
8月も終わってしまいましたね。
海には縁遠い埼玉県&東京多摩地区育ちの僕ですが、ひと夏に一度ぐらいは海に行きたくなります。
今年は、2泊3日で長崎県を旅行しました。

「隠れキリシタンの伝統を引き継ぐ教会を見る!」というテーマも掲げていたので、3日間で10近くの教会を見学しました。
短時間に詰め込みすぎ、すでに記憶がグチャグチャです。
最初に見た田平天主堂(写真。明治初期、建設資金不足のため信徒が自分たちでレンガを積んで建てたらしい。すごい!)だけは妙に覚えているのですが……。

一番印象に残っているのは、長崎の複雑な海岸線が作り出した、池のように静かな海です(二番目は平戸市で食べた素朴なちゃんぽん。ちょっと焦げた味が旨すぎるよ!)。

長崎空港から佐世保を通って平戸に行き、長崎市に戻るまで、どこにでも海がありました。
にも関わらず、波らしい波が一つも見えません。怖いくらいに静かな海なのです。
ちょっと離れた場所から海岸を見ると、深い青色の床の上を歩いてどこかに行けそうな気がしてきます。

隠れキリシタンの古里として知られる外海地方には、遠藤周作の小説『沈黙』の一節を引いた「沈黙の碑」が立てられていました。

「人間がこんなに哀しいのに 主よ、海があまりにも碧いのです」

確かに、キリスト教に対する弾圧が過酷さを極めていた江戸時代だったら、この美しすぎる海は「神の残酷さ」を連想させていたかもしれません。

恨んでも憎んでも、海は何も答えてくれない。答えてくれない代わりに、いつでも静かに目の前に広がっている。その海に逆に見つめ返されながら、自分は信仰といかに向き合っていくのか――。
悩み続けた信徒も少なくないでしょう。

十字架一つを隠し持つことも命がけだった当時、神々しいまでに優しい表情を持つ海は、果てしない苦行が続く陸地の現実を相対化させてくれる聖画の役割を果たしていたのではないでしょうか。あくまで僕の妄想ですが……。

僕は幼い頃、西武グループが乱開発する前の埼玉県所沢市で育ちました。
カブトムシがいる雑木林とカマキリがいる草むら、ザリガニがいる川や田んぼが「原風景」です。
学生時代、旅行先のベトナムで同じような風景に出会い、息が詰まるほど唐突で強烈な懐かしさを感じました。
いま思えば、雑木林を抜けていく古びた舗装道路に、僕の根っこのようなものが伸びているのでしょう。

長崎で生まれ育てば、この「根っこ」は当然ながら海になります。
海の存在を抜きにして、長崎におけるキリスト教信仰の歴史は語れないのではないでしょうか。

長崎旅行から2週間経ったいま、経典や教会ではなく、自然や街並みなどの「原風景」が人の心に与える影響を考えています。
by jikkenkun2006 | 2008-08-31 23:59 | 週末コラム | Trackback | Comments(0)
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