本物を知る~読書伝聞帳(2)『美味礼讃』~

f0084436_17154067.jpgこんばんは。大宮です。
たいていのものは美味しく嬉しく食べている僕ですが、最近、外食でのタイ料理に関しては「この値段でこの味かよ……」と不満に思うことがときどきあります。

理由は一つしか考えられません。
近所にやたらに美味しくてリーズナブルなタイ家庭料理屋があり、週1ペースで食べに行っているからです。いつ食べても、腹の底から「うまい~!」と感じ、店を出るときは入る前より少しだけ元気になっているのが自分でもわかります。

この店に最初に行ったのが4年ぐらい前なので、200食程度は食べている計算になります。
タイ料理に関してはこの味を僕の舌が「基準」にしてしまっているのでしょう。
本場のタイに行けばもっと凄い料理を安く食べられるのかもしれませんが、東京ではここを越える店を僕は知りません。

本物のフランス料理を初めて日本にもたらしたと言われる、辻静雄(辻調理師専門学校の創始者)の伝記小説が、僕の体験(レベルは全く違いますが…)を裏付けてくれました。

昭和30年代、フランス料理の学校を始めた辻は、日本には本当の高級フランス料理を知っている調理人は一人もいないことに気づき、義父から莫大な資金を借りて、まずはアメリカに渡ります。
二人の高名なフランス料理研究家に会うためです。
そして、二人から同じようなアドバイスを受けます。

<料理というのはつくり方も大事だが、できあがりの味がすべてなんだ。きみはまずそれを知らなければならない。そして、あらゆる料理のこれがそうだという最終のできあがりの味をきみの舌に徹底的に記憶させるんだ。体が若くて健康なうちにね。食べるということは、体が健康じゃないとできないことだからね。それにこれがそうだと納得できる料理をつくる腕のいい料理人の数もだんだん減ってきている。だから、食べるならすぐにはじめるべきだね>
(海老沢泰久『美味礼讃』文春文庫)

二人の紹介で辻はパリ最高峰のレストランを訪れ、そこのマダムの信頼も得て、9週間で75軒の高級レストランに足を運び、昼夜を分かたずこってりしたフルコースを食べまくります。若いとはいえ日本人には非常な苦痛であり、食べ続けたことによって辻は晩年には体を壊してしまうのです。
さらに辻はフランス料理の専門書も買いまくって読みまくり、最終的には「フランス人よりフランス料理のことをよく知っている」と評されるまでになります。

本物を知るためには、これほどまで「質と量」をこなす必要があるんですね。
ニセモノをいくら経験しても無意味だというのは怖い話です。

もちろん、本物を知らなくても幸せに暮らすことは可能です。
例えば僕は、一番安い無洗米をマイコン炊飯器で炊いて3パック88円の納豆を混ぜて食べても、「無茶苦茶おいしい」と幸福感に浸れますから。
辻も、自分たちの作っている料理は人間が生存するためには「無用のもの」だと言っていたようです。

でも、ただ生きることのみが人生の意味ではない気もします。
好きな一分野だけでもいいから、「本物」に触れ、その価値を十分に味わえるようになりたい。
大げさに言えば、人類が到達した叡智のようなものを知り、その発展史に少しでも関わりたいのです。

「本物体験」を通じてしか、新しい文化を創造することはできないことを『美味礼讃』に教えてもらいました。
僕の場合は、とりあえず良書をたくさん読まなくちゃ……。
by jikkenkun2006 | 2008-10-05 17:19 | 週末コラム | Trackback | Comments(0)
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