「つながり」を求めて

こんばんは。大宮です。
好奇心が強い人がうらやましくなることがあります。

高校時代のクラスメイトに、運動も勉強も飛び抜けてデキル男がいたのです。
おまけに性格もいい。
美男子でもヤンキーでもなかったのでモテなかった(女子高生って男を見る目がないよな…)のがせめてもの救いでしたが、羨望の念を抱かざるを得ない存在でした。

なぜそんなにデキたのでしょうか。
彼は、スポーツバカでもガリ勉でもなく、遊ぶような感覚で何事にも取り組んでいました。
少年ジャンプを読んでいるときと、数学の問題を解いているときの目の輝きが同じなんです。
つまり、僕たちがスーパーサイヤ人(俺は怒ったぞ、ベジータ!!)や三井寿(安西先生、バスケがしたいです…)のモノマネをするのと同じ熱心さで、微分の難問に挑むのです。
受験などの目的のために嫌々勉強している人間がかなうわけありませんよね。

僕自身は残念ながら好奇心が強い人間ではありません。
新奇なものに踏み込む意欲や勇気がないのです。
未知の土地にはできるだけ行きたくないし、クイズも嫌いです(答えを知らないんじゃないよ。知りたくないんだもん!)。
好奇心が強くて、国内外を飛び回って、貪欲にいろんなことを吸収している人間には一生かなわないのでしょうか……。

このように軽いコンプレックスを抱き続けてきた僕ですが、最近、ちょっとした解決策を見出しました。
「好奇心人間」にはなれなくても、「つながり探求人間」にはなれる、と。

自分とのつながりを見つけさえすれば、知らない場所にも懐かしい喜びとともに行ける気がするのです。

例えば、「母方の実家が熊本県・天草島で浄土真宗のお寺を代々やっている」ことを思い出して以来、

●九州
●浄土真宗
●カトリック(天草はキリシタンで有名ですよね)

の3つは、すべて自分に「つながっている」という感覚を持つようになりました。
かなり一方的な「つながり感」ですけど……。
そう思い込んでしまえば、九州は「お母さんの実家がある親しい土地」になり、浄土真宗のお寺やカトリックの教会は「他人事じゃない因縁のある場所」に変化しました。

カトリックへの関心を広げれば、ヨーロッパや南アメリカの国々の多くも「つながる」ことになりますよね。そういえば、大好きなペネロペ・クルス(スペイン出身のハリウッド女優)もカトリック教徒かもしれないぞ。うひょひょ、こんなところで彼女とつながっちゃったよ!

外へ向かって弾けるように広がっていく「好奇心」に比べれば、「つながり探求」はゆっくりとマイペースな営みです。世間の流行とは無関係なので、経済的な成功にも結びつきにくいでしょう。
でも、自分自身は少しずつでも豊かに深まっていく気がします。

このようにして日々を過ごしていれば、いつか世界の現在と歴史のすべてが「自分とつながっている」感覚を持てるようになるのでしょうか。
by jikkenkun2006 | 2008-11-09 23:02 | 週末コラム | Trackback | Comments(0)
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