「人それぞれ」だと心から思いたい

こんばんは。大宮です。
人生訓みたいな文章を読んでいると、「人はそれぞれ」「他人と比較するな」というメッセージをたくさん聞きますよね。例えば、こんな感じです。

<隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているのかを覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな。>
(マルクス・アウレーリウス『自省録』岩波文庫)

しかし、実行するのは至難の業です。
この文章を書いたのはローマの哲人皇帝と謳われた人物ですが、わざわざ自分に言い聞かせるために書いている(なにせ「自省録」ですからね)のは、実際には「隣人」が気になって仕方なかったからでしょう。

先日、動物園のサル山を見る機会がありました。
小猿たちはけっこう無邪気に遊んでいるのに対して、成猿はボスを頂点とする力関係を常に気遣いながら暮らしているのです。猿も大変だ……。

ローマ皇帝や猿と同じく、僕も他者がとても気になります。
友人の成功や幸せを心から祝福できず、密かに失敗を願ってしまうこともあります。
親友が僕が嫌いな奴と仲良かったりすると、巧妙かつ強力に邪魔したくなったりします。
猿の時代から人間はあまり進化してないんですね。

ただし、朗報もあります。
年齢を重ねるにつれて、「人それぞれ」という事実を痛切に感じる経験が増えていくことです。
東大卒のエリートが急にひきこもりになってしまったり、独身一人暮らしだけどとても美しくて魅力的な老人に会ったり、プールだけを楽しみにして要介護の父親と暮らし続ける男がいたり……。
自分自身を振り返っても、官僚やスーパービジネスマンになる夢が破れて凹んでいたら、実はマイペースに文章を書く生活のほうが向いていることがわかったりしました。
10代よりも20代のほうが楽になったし、20代よりも30代のいまのほうがはるかに楽です。「人それぞれ」だと少しは実感できるようになったから。

同世代の日本人の動向はどうしても気になってしまいますが、よく考えると根拠のない「気になり」なんですよね。宇宙人の視点では、ロシア人の老女と日本人の32歳男性が同じに見えるはずだからです。嫉妬深い僕も、さすがにロシア人のことはほとんど気になりません。ならば、すべての他者は平等に他者なんだと考えてもいいはずです。極端に言えば、人類一人ひとりが別々の生物なのだと考えてもいいでしょう。

生まれも、性質も、寿命も、何もかもが違う。
そんなバラバラな生物たちが、「俺たちは同じだ。協力しよう」という幻想をベースにして築いているのが社会です。
僕たちはこの社会に生かされているのは事実ですが、無自覚に幻想に浸っていると他者と自己の境を見失いがちです。そして、空しい嫉妬や羨望をしながら一生を終えてしまうでしょう。

40歳ぐらいになったら、「俺たちは別々の生物だ。でも、協力はできる」というスタンスを確立し、もっと心穏やかに過ごせるようになりたいです。
by jikkenkun2006 | 2008-12-14 23:58 | 週末コラム | Trackback | Comments(4)
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Commented at 2008-12-15 09:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jikkenkun2006 at 2008-12-16 01:29
>通りすがりさん
鋭くて丁寧なコメントをありがとうございました。参考になりました。
Commented at 2008-12-17 00:46 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jikkenkun2006 at 2008-12-18 23:08
>パセリさん
コメントありがとうございます。しなやかな生き方、いいですよね。同じ意味かもしれませんが、僕は「こだわらない生き方」に憧れています。


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